【10月4日 AFP】この11年間、ひたすら世界を歩き続けてきたカナダ人男性が、とうとう世界を一周し、自宅のあるカナダ・モントリオール(Montreal)に近づきつつある。中年期の鬱々とした気分を振り払おうと歩き始めたジャン・ベリボー(Jean Beliveau)さん(56)は、旅の途中で将来の夢も見つけ、晴れやかな表情で戻ってきた。

 寝袋や着替え、救急箱を乗せた3輪のカートを押しながら歩くジャンさんは、昔より少し痩せてやや白髪も増えたようだ。AFP記者はモントリオールまであと290キロというところで彼と合流した。

 きびきびと歩くジャンさんは、オンタリオ湖(Lake Ontario)の北側を横切り、首都オタワ(Ottawa)を通過して、10月16日にモントリオールに到着する予定。歩みを止めるのは、食事を取るごくわずかな時間と、好奇心旺盛な通りがかりの人に自分の冒険話をするときだけ。自由な旅路で得た喜びと心の平安が表情からも見てとれる。

 今夜どこで寝るかはわからないという。人に頼ることもなく、財布にお金もあまりないが、特に心配している様子はない。11年間これで問題なかったからだ。

 モントリオールでは、ジャンさんの冒険を長年にわたり支えただけでなく、ウェブサイトまで立ち上げたガールフレンド、ルースさんが待っている。

■旅のきっかけは現実逃避

 ジャンさんは、起業した会社が破産したことをきっかけに世界旅行を決意。悪い思い出を忘れようと、45歳の誕生日を迎えた2000年8月18日にジョギングの旅に出た。

 ルースさんと、前妻の子どもたち2人は止めなかった。当時20歳だった息子のトーマスさんは、「クールだよ」と語った。

 モントリオールを出発した後は米国に南下し、米南部のジョージア州(Georgia)アトランタ(Atlanta)まで走り続けた。そこでペースを落とし、世界最長の継続した徒歩の旅が始まった。距離は7万5000キロ、訪問国は64か国にも上る。

 ある地点でルースさんは、世界中の子どもたちのため平和と非暴力をアピールするために歩くよう勧めた。人生から逃げるために始めた旅に、突如目的が見えたという。

 11年の間、ジャンさんは砂漠を越え山を越えた。メキシコでは9日間恋に落ちた。スーダンではターバンを巻いてひげを伸ばし、アフリカでは虫を食べ、韓国では犬、中国ではヘビも食べた。フィリピンでは武装兵士にエスコートされた。

 ジャンさんが深刻な体調不良に陥ったのはたった1度、アルジェリアでだった。強盗に遭ったのもたった1度、南アフリカで酔っぱらった若者2人に襲われた。そしてたった1度、エチオピアで拘束された。理由はわからない。(次の日解放された。)

 そしてそのエチオピアでは、もう旅を止めて家に帰ろうかと思うほどの絶望感にさいなまれた。異常な孤独感を感じたという。その時ギブアップしないよう彼を勇気づけたのは、ルースさんだった。

 その時を振り返り、ジャンさんは「食と住を得た後は、どこか心のよりどころが必要なんだ」と語る。

 苦難を乗り越えた結果、彼は見知らぬ人びとの良心や、旅路で出会った大勢の人びとの魅力にとりこになった。

 もちろん橋の下で野宿をしたこともあるし、ホームレスのシェルターにも泊まった。荒れた刑務所にも入れられた。しかし、それを大きく上回る回数で、彼の冒険に興味を持った人たちに食事に誘われたり、家に泊めてもらうという親切を受けた。

 出発したときには4000カナダドル(約30万円)を持っていたが、結局は毎年、それ位の額を生活費に必要とした。(お金は寛大なルースさんが工面し続けた。コミュニケーションは頻繁にスカイプで行っていたという。)そして、見知らぬ人の助けも受けてここまで来た。

 いまや一文無しのジャンさんは、かけがえのない経験を手に入れたと語る。「何も持たずに出発し、豊富な知識と理解を得て帰ってきたよ」

 ジャンさんは今後、本を書いたり講演をして、「人と人とのハーモニーや、人の話を聞くこと、そしてお互いの違いを受け入れること」の大切さを広めたいという。

■11年待ったガールフレンド

 彼自身のストーリーは、ハッピーエンドのようだ。

 ルースさんは、クリスマスが来るたびに、どこであろうとジャンさんがいる場所まで行って1年に1度は一緒に過ごした。

 それでも、「わたしはペネロペで、彼は私のオデュッセウスなの」と言うルースさんは、ジャンさんがまもなく帰宅することに、はやる気持ちを抑えられないようだ。(c)AFP/Michel Viatteau


【動画】ゴール間近までやってきたジャンさん(YouTube/AFPBB News公式チャンネル)
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【参考】ジャンさんのサイト(英語、仏語、スペイン語)