【1月23日 AFP】チェコ紙ムラダー・フロンタ・ドネス(Mladá fronta DNES)は22日、キューバの革命家、エルネスト・チェ・ゲバラ(Ernesto Che Guevara)が、ボリビアで処刑される前年の1966年に5か月間、チェコスロバキアに潜伏していたと報じた。

 ゲバラはコンゴ滞在中に喘息の発作を起こし、1966年3月から7月まで、チェコスロバキアの首都プラハ(Pragu)近郊のLadvi村で、同国の情報当局にかくまわれながら療養した。

 ドネス紙が調査した当時の文書によると、その期間中、ゲバラはひげを剃り落とし、髪も短く切り、偽名を使って生活していた。ドイツ人女性、タマラ・ブンケ(Tamara Bunke)など仲間数人と一緒だった。隣村の副村長は「今でも地元の住民は、あのキューバ人たちのことを覚えている」とドネス紙に語った。

 同紙はゲバラの友人ウリアス・エストラーダ(Ulies Estrada)の話として、当時のゲバラの言葉を掲載している。「ここでは何もかもどんよりしていて灰色で活気がない。これは社会主義ではない。その失敗作だ」

 ゲバラがチェコを出国したのは66年7月19日。アルゼンチン出身のゲバラは偽名のラモン・ベニテス(Ramon Benitez)名義でウルグアイのパスポートを使用し、モスクワ経由でキューバの首都ハバナ(Havana)へ向かった。その後ボリビアで革命を目指したが、67年10月に銃殺された。

 一方、チェコの軍事歴史家プロコップ・トメク(Prokop Tomek)氏によると、ゲバラがチェコに滞在していたことを示す痕跡や証言は複数存在しているが、それを裏付ける決定的な文書はないという。(c)AFP