ニコラ・サルコジ(Nicolas Sarkozy)仏大統領が米ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)「フェースブック(Facebook)」に「1989年11月9日、ベルリンの壁崩壊の思い出」とするページに掲載した、ベルリンの壁前に立つサルコジ大統領(中央)の写真(2009年11月8日撮影)。(c)AFP/THOMAS COEX
【11月10日 AFP】フランスのニコラ・サルコジ(Nicolas Sarkozy)大統領が米ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)「フェースブック(Facebook)」で、20年前にドイツのベルリン(Berlin)にかけつけ、ベルリンの壁(Berlin Wall)崩壊を目の当たりにしたと告白したことをめぐり、その記述の正確さに疑問の声が上がっている。
サルコジ大統領はフェースブック上で、東ベルリン(East Berlin)へ通じる検問所が開かれた1989年11月9日、重大な出来事が起きつつあることを察し、つるはしを手に、ベルリンの壁に急いだ様子をふり返っている。
「欧州の偉大な自由の時代の始まり」と書かれたページには、34歳当時のサルコジ大統領が落書きが描かれた壁をつるはしで壊す写真が掲載されている。
一方、当時サルコジ大統領と行動をともにしたアラン・ジュペ(Alain Juppe)元首相は10月、同国のテレビ局TV5のインタビューで、フランスの政治家団体がベルリンに行ったのは「10日か11日」になってからだったと語っていた。しかし、サルコジ大統領の記述に対する疑問が浮上した後の9日になって、ジュペ元首相は正確な日付は思い出せないとブログ上で述べた。
さらにジュペ元首相は、サルコジ大統領を含むフランスの政治家団体が東ベルリンに通じる検問所「チェックポイント・チャーリー(Checkpoint Charlie)」を越えた後、ベルリンの壁を壊す「ハンマーの音が聞こえた」ため、西側に戻って参加したとしている。
これに対し、サルコジ大統領は東ベルリンで壁を壊したとしている。だが、掲載された写真の壁には落書きがあり、これは大統領が西側にいたことを示している。東側の壁にはそのような落書きはなかったからだ。
混乱に拍車をかけることに、ジュペ元首相は過去に出版した著書の中で、ベルリンには11月16日に到着したと書いている。(c)AFP/Carole Landry




