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カシミール地震、復興の希望は屋台街

  • 2007年08月25日 22:36 発信地:ムザファラバード/パキスタン
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2007年8月15日、パキスタン側カシミール地方の中心都市、ムザファラバード(Muzaffarabad)の川沿いの屋台でケバブを調理する男性。(c)AFP/Aamir QURESHI

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【8月25日 AFP】3年前の地震で大きな被害を受けたカシミール地方の、パキスタンが実効支配するアザド・カシミール(Azad Jammu KasimirAJK)州、州都ムザファラバード(Muzaffarabad)。

 復興にはまだ時間はかかるものの、震災を耐えた歴史的な橋の下に建ちならぶ伝統的な郷土料理の屋台が、住民たちの心の支えとなり、復興の中心となっている。

 美しい川沿いに架かるDomel橋は、1885年に造られてから何世紀にもわたっていくつもの災難を乗り越えてきた歴史的建造物で、7万4000人もの死者を出した2005年のパキスタン・カシミール地震にも耐えた。

 このDonel橋の下の屋台街には、夜ごとに地元の住民や外国の援助スタッフが集まってくる。パキスタン側カシミール地方で唯一の川沿いの飲食店街で、「死者の街」から「光の街」へと姿を変える、この地域の復興の希望を象徴する存在となっている。

 2005年10月8日、この地方を襲ったマグニチュード7.6の地震は、パキスタンで過去最大となる被害をもたらし、パキスタン北西部とアザド・カシミール州で合わせて350万人前後が家を失った。

 公式の統計によると、ムザファラバードでは家屋の約85%が損壊ないし全壊。3万4000人以上が死亡、5万6500人が負傷した。被災をまぬがれたのは市の人口90万のうちわずかだった。

 屋台の粗末なブリキのテーブルやベンチ、間に合わせの屋根などは、荒廃から立ち直るために踏み出された一歩が、まだ小さなものにすぎないことを示している。

 市内の大半の地域では、近づいてくる冬に備え、また寒い戸外で過ごさねばならない事態を避けようと、再建事業が進められている。しかし、その道のりには問題がなかったわけではない。

 今年5月、国連は被災地域における援助活動の一時停止を発表した。スタッフ2人の住居が、イスラム教徒と思われるグループにより放火された事件を受けた措置だった。先に地元の住民と聖職者は、各援助機関に対して女性スタッフの現地採用をしないよう求めていた。事件によるけが人はいなかった。

 6月には、アジア開発銀行(Asian Development BankADB)がパキスタンに対する10億ドルの援助パッケージの一環として住宅再建のための4億ドル(約465億円)規模の長期低利貸付を認めた。

 橋の下の飲食店街では、夕暮れの空がベルベットブルーに変わると人々の意識は復興から賑わいへと向かうのだった。(c)AFP/Masroor Gilani

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