【香港 3日 AFP】世界で最も注目を集める日本料理レストラン「Nobu」の経営者で、スター・シェフでもある松久・ノブ・信幸氏(54)は、人当たりのいい物腰の柔らかな男性。世の一流シェフたちがみな激しい気性であるのとは大違い……。と思うのも「Fで始まる単語」が話題に上るまでのこと。その単語とは、「Fusion(フュージョン:融合の意味)」である。
ノブ氏は、南米の珍しい食材を日本食に取り入れ、欧米で日本料理を広めた。ただし、彼の料理を「ただの日本料理」などと侮ってはいけない。
「Nobuの発祥地は日本。日本の食材と日本料理のテクニック、日本料理の味付けが基本です。100%純粋な日本人の私が作るんだから当然ですよ。ただ、見せ方が違うというのかな。いわばファッションのようなものですね。洋服を選ぶときも、色の組み合わせをあれこれ考えるでしょう?」
「普通、日本人のシェフは伝統を重んじるので、やり方を変えることはめったにないんです」と共同経営者の1人であるRichie Notar氏が横から口を挟む。「でもノブは、世界各地をまわった経験を生かして料理を作る。まあ、優れたシェフはみんなそういうものですよね。だからといって、ノブが黒トリュフの薄切りを銀だらの上に乗せたら、それはイタリア風日本料理と言いますか、違うでしょう?」
Notar氏の言葉は、ノブ氏の耳にはちょっと痛い。何しろ彼は、世界各地に16の「日本料理」レストランを展開しているのに、その料理は常に「フュージョン」料理と呼ばれているのだから。
Nobuは世界一有名で流行の先端を行くレストランで、ロンドンでは「セクシー」と評されることもある。そうした世評の背景には、伝説的映画スターであるロバート・デ・ニーロ(Robert De Niro)が共同経営者に名を連ねるということもある。だが、そうした世間の評判はあえて気にしないでほしい。当のノブ氏が、「Nobuはごく普通の日本料理レストランですよ。うちの料理は、日本料理の基礎にもとづいた、伝統的な日本料理ですから」と言うのだから。
ノブ氏の半生はまさに、「無一文から大金持ちへ」のサクセス・ストーリーである。1970年代、日系ペルー人の企業家が東京で活躍していたノブ氏の腕を買い、ペルーのリマ(Lima)に一緒にレストランをオープンした。あいにくこの店は3年後に閉店。数年間の苦難の時を経て、ノブ氏はアルゼンチン、東京、アラスカと活躍の場を移し、アラスカの店舗が事故により全焼したのをきっかけに、再び東京に戻った。1987年、友人から借金までして、ついにロサンゼルスにレストラン「Matsuhisa」を開店。新たに名声を確立していった。その頃、ノブ氏は実験的に、それまで訪れた土地で習得した様々なテクニックを利用し、今まで日本料理には使われたことのなかった食材を組み合わせるようになった。例えば、オリーブオイルやガーリックやチリ・ペーストを使って、「銀だらの味噌焼き」「カニとエビの天ぷらロール」「焙り刺身」といった一品を考案した。これらのメニューは、今もノブ氏の代名詞となっている。常連客の1人だったデ・ニーロが、銀だらの味噌焼きを特に気に入り、その晩のうちにノブ氏に共同経営の話を持ちかけたという逸話まである。
スマートで清潔感あふれる巨匠は、日本料理はもちろん、日本料理と自分自身の生みの親である日本文化を心から誇りに思っている。例えば、ノブ氏の寿司に対する情熱は今や伝説として語り継がれているほどだ。ノブ氏は若い頃、東京・築地市場の有名寿司店ですし職人の見習いとして修行を積んだ。親方から出刃包丁を持つことを許されるまで3年間、わずかな給料で週7日間、休みなく働き続けたという。「日本料理と日本文化は根っこのところでつながっているんです。それを変えることは絶対にできません。私は、月に1度日本へ帰り、伝統的な日本料理を堪能するようにしていますが、いつ帰っても、日本料理は伝統的なスタイルを守っています。今後もそれは変わらないでしょうね」
今や大金持ちとなったノブ氏のレストランの事業価値は、推定2億5000ドル(約287億円)。世界中に母国日本の料理を広めることを自らの使命と信じる氏の次なる目標は、「Nobu香港店」の設立だ。11月には、インターコンチネンタルホテル(Intercontinental Hotel)内にオープンする予定だという。
「かつて米国では、刺身を食べる人は1人もいませんでした。でも今では、いたるところでみんな食べていますよ」とノブ氏は誇らしげに語る。「ではなぜ、米国で刺身は嫌われていたのか? それは、生の魚は臭い、気持ち悪いという意識が米国人の間にあったからです。食べたことがないから、どんな味がするかも想像できなかったんだと思いますよ。つまり私たち料理人の役割は、お客様を教育すること、お客様に正しい知識を伝えることだと思うんです」
写真は1日、取材中、香港の摩天楼を背景にポーズをとるノブ氏。(c)AFP/Samantha SIN
AFPBB News トップへ
ユーザー制作のスライドショーをご紹介。無料で簡単な会員登録で見られます。
拡大して見られた人気写真ランキング。会員登録で拡大写真が見られます。登録は無料で簡単。