【10月15日 AFP】ハーバード大医学部(Harvard Medical School)での教職歴も持つ米国の神経外科医、エバン・アレキサンダー(Eban Alexander)氏が書いた臨死体験に関する手記『Proof of Heaven: A Neurosurgeon's Journey into the Afterlife』(天国の証:ある神経外科医の死後への旅)が26日、米国で出版される。

 2児の父で端正な外見の米バージニア大(University of Virginia)の医師、アレキサンダー氏の死後への旅は頭痛から始まった。2008年11月、非常に珍しい細菌性髄膜炎がアレキサンダー医師の脳の新皮質を停止させようとしていた。新皮質は脳の中で、知覚や意識的な思考をつかさどる部分だ。それから7日間、アレキサンダー氏は「深い昏睡状態だった」が、同時に「この宇宙のもっと大きな次元、存在するとは想像をしたことさえなかった次元に旅していた」と言う。

 その異次元でアレキサンダー医師を迎えてくれたのは「黒に近い深い紺色の空」に浮かぶ「大きく膨らんだ薄いピンク色の雲」を背にした「揺らめく光を放つ透明な存在の群れ」だった。「この世でわたしが知っている何物ともまるで違った」

 そしてアレキサンダー医師は自分の他に何者かがいることに気付いた。死後への旅の連れは、琥珀(こはく)色の髪に紺碧(こんぺき)の瞳をした若い美女だった。女性は何百万というチョウに囲まれ「言葉をいっさい使わずに」話し掛けてきた。「あなたは永遠に愛され、大切にされます。恐れることは何もありません。あなたに過ちを犯させるものは、ここにはありません」

■さまざまな反響を呼ぶ

 アレキサンダー医師の著書の抜粋が米誌ニューズウィーク(Newsweek)に掲載されると、さまざまな反応が巻き起こった。

 当然のごとくこの超常体験への疑念も投げ掛けられた。同誌のウェブサイトには「単に『明晰夢(夢だと自覚しながら見る夢)』を見ていただけに聞こえる」、「個人的なエピソードは感動的かもしれないが、証拠にも証明にもならない」といった意見が投稿された。米ゴシップサイト「Gawker.com」は読者に、アレキサンダー医師が見た死後の世界とLSD によるトリップ体験に違いがあればそれを指摘してみてはと皮肉に呼び掛けた。

 しかし、すでにテレビの科学番組に出演し臨死体験を語ったり、昨年は科学と精神世界に関するブログメディア「Skeptico.com」で長いインタビューに応じたアレキサンダー医師を擁護する声も少なくない。ローマ・カトリック教会のニュースサイト「カトリック・オンライン(Catholic Online)」は「死後の世界に関する証拠や証明があるのならばそれは素晴らしい」とアレキサンダー医師の説明を是認する姿勢を示した。

 ある推計によれば米国人の約3%、900万人以上が臨死体験をしており、「臨死体験研究財団(Near Death Experience Research Foundation)」のウェブサイトなどに体験記を寄せている。

■「天国」の描写は麻薬様物質と関連か

 臨死体験に関する著作のあるポール・ペリー(Paul Perry)氏は「毎年数万人が臨死体験をしており、その多くがアレキサンダー氏の体験と似たものだ」と言う。ペリー氏はAFPの取材にメールで「そうした体験は私たちの次なる驚くべき冒険を垣間見せているのかもしれない。しかしこの分野に関する有意義な研究は今のところ行われていない」と回答した。

 神経生物学と人間の恐れについて研究している米コロンビア大(Columbia University)の心理学者、ディーン・モブス(Dean Mobbs)氏はアレキサンダー氏の体験を認めつつ、「超常現象的な要素はないと思う」と語る。臨死体験とは「脳が通常通りに機能しなくなっている現れだ」とモブス氏は言う。「わたしの考えでは、われわれの脳は特に混乱した状況や外傷を受けた状況に置かれると、鮮明な体験を作り出すことができる。周囲で起きていることを脳が解釈し直そうとするのだ」

 例えばスイスの神経科学者オラフ・ブランケ(Olaf Blanke)氏は、右側頭葉と頭頂葉が接する部位を刺激して人工的に体外離脱体験を引き起こす実験を行っている。ブランケ氏はまた、人間は究極の危険に直面すると麻薬様物質(オピオイド)を大量分泌することがあるとも指摘している。オピオイドは臨死体験者の報告にあるような多幸感を生み出す。

 モブス氏はさらに臨死体験をしたと主張する人たちの多くは、実際には死ぬ寸前ではなかったとも指摘している。実際、一時的に死亡状態となりその後蘇生した人々の大多数は、どこかへ行ったという記憶をまったく持っていないと言う。(c)AFP/Robert MacPherson