【10月20日 AFP】米医薬大手メルク(Merck)社が、開発中のエイズワクチンの臨床試験を中止してから、まもなく1年。エイズワクチンの開発は一歩後退したかに見えるが、科学者らは「(メルク社の)敗北が、全く新しいエイズ予防策へと目を向ける転機となった」と、希望を捨てていない。

 エイズウイルスの発見から約30年が経過し、エイズによる死者は累計で2500万人にのぼる。エイズワクチンの開発には数十億ドルが費やされているが、いまだに有効なワクチンは登場していない。

 南アフリカ・ケープタウン(Cape Town)では前週、年に一度の「国際エイズワクチン会議」が開催された。出席した国際HIVワクチン事業(Global HIV Vaccine Enterprise)ディレクターのアラン・バーンスタイン(Alan Bernstein)氏は、「エイズ治療の研究において、われわれは全く新しい発想へと転換している最中だ」と語る。

 メルク社が前年、「エイズ感染リスクを高める可能性があることが判明した」として、2か所で大々的に行われていたエイズワクチン臨床試験を中止したことは、驚きとショックをもって受け止められた。エイズ・ワクチン・アドボカシー連盟(AIDS Vaccine Advocacy Coalition)のミッチェル・ワレン(Mitchell Warren)氏は、「科学者は誰も予期していなかったことだったし、いまだにその経緯が理解できない」と振り返る。「だが、この出来事がエイズワクチン開発への新たなアプローチを模索する契機となったことは確かだ」

 現在、世界では約30のエイズワクチンの臨床試験が行われている。中でも最も注目されているのは、2003年からタイで行われている過去最大の臨床試験だ。これまでに1万6000人が参加した試験の結果は来年にも出るが、どんな結果であれ、エイズに関する有益な情報が提供されるものと期待されている。

■ワクチンの作用を再考

 メルク社の失敗は、ワクチンの作用に関する基本的な前提を再考するきっかけにもなったと、ワレン氏は語る。これまでワクチンは、抗体を体内に生成して、ウイルスに感染した細胞を撃退する、という考え方に基づいてきた。しかしHIVウイルスの場合は、いたる所で突然変異を引き起こすため、ワクチンの開発をほとんど不可能にしている。

 バーンスタイン氏によると、今最も有望視されている研究の1つは、自然免疫システムという近年明らかにされてきた生体防御反応だ。これはウイルスの侵入を早期に警告できるシステムであり、これを活用することでHIVの感染拡大を防げるのではないかという。
 
 エイズワクチンの開発がなかなか進展しないことから、ワクチンの研究を断念して、研究費をほかの予防法や治療法に回すべきだとの声があがり始めているが、米国のあるエイズ研究者は「ワクチンは歴史的に見ても、最も費用効率の高い病気予防法だ」と主張する。(c)AFP