【5月17日 AFP】13日の日曜日に英ロンドン(London)のコベントガーデン(Covent Garden)に集まったのは、何十人もの操り人形師たち。人形劇『パンチ・アンド・ジュディ(Punch and Judy)』の一番古い記録がある上演から350年を迎えたことを祝う2日間のフェスティバルの、この日は2日目だ。

 英国はもちろんフランス、日本、米国、オーストラリアなど、世界から来た人形師たちがあちこちのテントで演じるそれぞれの『パンチ・アンド・ジュディ』に、何百人もの子どもたちが歓声を上げた。「パンチ・アンド・ジュディはあらゆる権威を笑いものにする。けれど、とても心打たれる」と主催者のマギー・ピンホーン(Maggie Pinhorn)さんは語る。
 
『パンチ・アンド・ジュディ』の記録が歴史上最初に登場するのは350年前、英官僚サミュエル・ピープス(Samuel Pepys) の日記だ。17世紀のロンドンの日常を気取らない視線で、生き生きと描いたピープスは1662年5月9日にこう書き残している。「イタリアの人形劇を観に(コベントガーデンに)行った。芝居はとてもかわいらしく、これまでに観た中で最高の人形劇だった」

 主人公のミスター・パンチ(Mr. Punch)は、イタリアの道化芝居「コメディア・デラルテ(Commedia dell'Arte)」のわし鼻のキャラクター、「プルチネッラ(Pulcinella)」が時を経て変化して生まれたものだ。

 ショーでは、舞台となるしま模様のテント小屋に入った人形師が、1人ですべての役を演じる。この人形師たちは「師匠(Professor)」と呼ばれる。この芝居の特徴である、登場人物たちの甲高い声を作るために、師匠たちは「スワズル(swazzle)」と呼ばれる金属製の笛のような道具を口に含んで話す。

■ミスター・パンチが繰り広げるドタバタ劇

 主人公ミスター・パンチと妻のジュディは、最初は幸福そうに登場するが、パンチが子守を頼まれることからストーリーは悪いほうへと展開していく。赤ちゃんをソーセージ製造器に放り込んでしまうなど、パンチの子守はひどく、帰宅したジュディとけんかになる。そこへ医者、警官、ワニ、絞首刑執行人、幽霊、悪魔などが次々に登場する。こうした相手をミスター・パンチが棒(スティック)で追い払おうとする。まさにスラップスティック(ドタバタ喜劇)なのだ。

 イングランド南東部の海沿いの都市ブライトン(Brighton)から来た「ピーナツ師匠」こと人形師のケイティ・ワイルド(Katey Wilde)さん(40)は、「これはパントマイムであり、生きた漫画です」と語る。彼女は17歳の時に父親からこの人形劇の演じ方を習った。普段は学校を中心に公演している。約半分は『パンチ・アンド・ジュディ』を初めて見る子どもたちだが、「みんなすごく気に入ってくれる。登場人物に声援を送っているうちに、応援するキャラクターが変わっていくんです」という。

■時代と共に変化

 1980~90年代、『パンチ・アンド・ジュディ』の人気は下火になった。殴ったり叩いたりといった展開が、家庭内暴力の描写だと捉えられたからだ。しかしワイルドさんは、今ではそうした批判を乗り越えたと言う。「これは暴力ではなく、体を張ったコメディなのです。ドタバタ劇を現実と比べるのはばかげている。そうした比較は現実の問題を矮小(わいしょう)化してしまう」

「昔の人たちは、悪魔が出てくるのでこの芝居を怖がったけれど、それも変化した。現在は現代の文化的感受性に合わせて上演しています。パンチがどんなに悪者でも関係ない。子どもたちは、いつもパンチを気に入るのです」とワイルドさん。人形師には聖職者もいるという。

 7歳のエリス君は、この日見た『パンチ・アンド・ジュディ』を宇宙から来たロボット生命体のアニメ・映画シリーズ『トランスフォーマー(Transformers)』の次に面白かったと語った。「おまわりさんを叩いたところのパンチは良かったよ」(c)AFP/Judith Evans