写真は同展で作品の前に立つナブラチロワ(2007年3月21日撮影)。(c)AFP/DAMIEN MEYER
【パリ/フランス 23日 AFP】チェコ出身の元米国人テニス選手、マルチナ・ナブラチロワ(Martina Navratilova)が打ち放ったボールで、アート作品が出来上がるとは誰も思っていなかっただろう。
■パリでお目見えする「テニス・アート」
しかし、過去6年間にわたり、ナブラチロワが密かにスロバキア人アーティスト、Juraj Kralikとコラボレートして、キャンバスにボールを当てて制作していた絵が22日から全仏オープン(French Open)の会場であるローラン・ギャロス・スタジアム(Stade Roland Garros)内の美術館で展示されるのである。
「これはほんの3、4人しか知らないトップ・シークレットでした。アイディアを盗まれたくなかったのです」8月20日まで開催される展示会「Art Grand Slam」の開幕を前にナブラチロワはAFPの取材にこう答えた。
大会や試合の合間に時間を見つけ、この2人は2000年から、テニスを始めた最初の2年間である5歳から7歳までをナブラチロワが過ごした町Revniceで、Kralikが思いついたこのプロジェクトを進めてきた。
これまで354のタイトルを獲得してきた現在50歳の伝説的テニスプレイヤー、ナブラチロワが絵具に浸されたボールを壁につけられたキャンバスに当てる方法や、その当てたボールを床に横たえられたキャンバスに跳ね返す技を習得したのはこの土地であった。
その後数年間にわたり、ニューヨーク、オーストラリア、パリ、そしてウィンブルドンを又にかけ2人は、テニスコートの線やボールの衝撃など、試合からインスパイアされた作品を「ほとんどフォアハンドで」作り続けたとナブラチロワはいう。
「私が好きな点は、ボールは打つけど自分が何をしているか実際分からないところね。スポーツにもある、この未知な感覚」10カ月になる元気のいい飼い犬のリードを持ちながらナブラチロワは語る。
同展示会に出される60余りの作品の中で彼女のお気に入りは、4.6×2.5メートルの「Way of My Life」という数色のテニスボールがぶつかった衝撃で作られた2つの輪が、らせん状に上方に延びていく作品だ。
「最後に大きな輪と小さな輪があって、それは私が終わったということを示すものだから、これは私のキャリアを表現している」90年代半ばに一度引退後、2000年に復帰、昨年の2度目の引退まで、31年に及ぶプロテニス選手としての驚くべきキャリアを持つナブラチロワは語る。
「これはテニスの世界の紹介です。テニス選手たちが気に入ってくれると嬉しいです」
社会主義国の旧チェコスロバキアで育ったKralikは、自分は常にテニスに魅了され、コートが出来上がる様と、そのコートにボールや選手の足跡がつく光景を見るのが大好きだったという。彼がボールの動きをアートとして記録しようと決めたのは1999年、全米オープン(The US Open Tennis Championships)の会場がある、フラッシング・メドウズ(Flushing Meadows)でのことだったという。
「美術と並んだ位置にテニス・アートを置くつもりです」Kralikは本の中でこう語る。
■ゲイ/レズビアンのための活動に尽力
ジーンズ姿のナブラチロワ、暇な時間には最近何をしているのかという質問にこう答える。
「旅行」
このテニス・アートの展示会がパリでのデビューの後、米国や世界各国を巡ることを望む彼女は、「体重を減らすことよりも健康のため」と語るフィットネス本「Shape Your Self」も手掛けている。
しかし、彼女の時間の多くは、買い物をすると、10年前に設立されたレインボー基金(Rainbow Endowment)にある金額が寄付される、レインボー・クレジットカードをプロモートすることにも費やされている。これまで200万ドル(約2億3000万円)がゲイ/レズビアン団体支援のために使われた。
写真は同展で作品の前に立つナブラチロワ(2007年3月21日撮影)。(c)AFP/DAMIEN MEYER