【4月4日 AFP】30年の歳月の中、ゆっくりと視力を失っていったある男性が、「孫の顔を見たい」という希望を1つの機器に託している。

 ギリシャで生まれ、若くして米国に渡った電気技師のエリアス・コンスタントプロス(Elias Konstantopoulos)さん(72)は、43歳のとき視力が弱っていることに気づいた。親戚の眼鏡をかけてみたところ、眼鏡をかけている方がよく見えたのだ。

 医師を訪ねたコンスタントプロスさんは、周辺視野が退行していることに気づいた。両腕を広げてみたところ、視界のすみにあるはずの腕が見えなかった。

 コンスタントプロスさんを襲ったのは網膜色素変性症と呼ばれる、米国の3000人に1人がかかる不治の病だった。遺伝性の失明としては最も多い疾患で、光や色、細部を認識する桿体(かんたい)細胞や錐体(すいたい)細胞が徐々に退行する。

 それから10年後、視力の衰えがひどくなったコンスタントプロスさんは仕事を続けることができなくなった。「視界を失うというのは、ほとんどすべてを失うようなものだ」と、コンスタントプロスさんは語る。最後のわずかな視覚を失ってから5年になる。

■第2の視力

 コンスタントプロスさんは2009年に、医師から「未来の技術」を3年ほど試してみないかと誘われた。電極アレイを目に埋め、ワイヤレスカメラを眼鏡に取り付けるというものだった。コンスタントプロスさんはぜひ参加したいと答えた。

 この装置の名前は「アーガスII(Argus II)」。米カリフォルニア(California)州の企業、セカンドサイト(Second Sight、第2の視力)が開発したものだ。欧州では最近使用が承認され、米国ではコンスタントプロスさんら少数の患者を対象に試験が行われている。

 この装置は耳が聞こえなくなった多くの人に聴力を取り戻している人工内耳に似ている。いずれも脳や脊髄、神経を刺激することで、失われた視力や聴力、体を動かす能力などを取り戻すことを目指す「ニューロモジュレーション(neuromodulation)」という研究分野の成果だ。

 バイオニック・アイでは、眼鏡に付けられた小型ビデオカメラで捉えた映像を電気信号に変換し、患者の目に埋め込まれた電極アレイに届ける。この電気信号が視神経を通じて脳に伝達されると、患者には光の明滅やぼんやりとした像が見える。

 コンスタントプロスさんらとともに装置の開発に取り組んでいる米ジョンズ・ホプキンス大(Johns Hopkins University)のジーレン・ダニェリー(Gislin Dagnelie)氏は「まだ未熟な段階の視力にすぎないが、ここから改善していくことができる」と語る。「われわれは、網膜に語りかける方法を学ばねばならない」

■視力回復の希望となるか

 埋め込まれた装置はほとんど目立たない。コンスタントプロスさんによると手術にかかる時間も3時間ほどで、痛みもほとんど無いという。アーガスIは埋め込み手術に3人が必要で電極数は16だったが、アーガスIIは1人で手術でき、電極の数も60になった。現在は米国で14台、欧州で16台が使われている。アーガスIIの価格は約10万ドル(約840万円)だ。

 コンスタントプロスさんの朝は、眼鏡をかけるところから始まる。ワイヤレス装置を腰に取り付けて、窓辺や庭に立ち車の往来を待つ。車が通ると光のかたまりが行き過ぎるのを見ることができるのだ。

 暗い背景の中に浮かぶ明るい色の物体も見分けることができる。窓やドアから差し込む外光を頼りに、部屋の中を歩くこともできる。「プライドが高いから、何でも自分でやるんですよ」と話す奥さんのディーナ(Dina)さんによると、コンスタントプロスさんは最近、浴室の床のタイルの貼り替えまでしたという。

 居間のリクライニングチェアで孫を抱いていたコンスタントプロスさんは「まだ孫の顔まではわからないけどね」と語った。

 セカンドサイト社はまもなく米食品医薬品局(FDA)に人道機器適用免除(humanitarian device exemption)の申請を行う予定で、2012年内の承認を期待している。ダニェリー医師は、60代以上の失明の主な要因である「黄斑(おうはん)変性症」に苦しむ人びとにも、いずれはこの装置を提供したいと期待を寄せている。(c)AFP/Kerry Sheridan