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スプートニク打ち上げから50年、フルシチョフの息子が意義を語る

  • 2007年10月07日 00:05 発信地:ワシントンD.C./米国
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  • 「スプートニク1号」、打ち上げから50年
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1957年10月6日、旧ソビエト連邦の新聞「Ogonyak」が掲載した「スプートニク1号(Sputnik I)」のスケッチ。(c)AFP

【10月7日 AFP】今月4日、旧ソビエト連邦が人類初の人工衛星「スプートニク(Sputnik)1号」を打ち上げてから50年目を迎えた。

■宇宙開発の幕開け

 1957年10月4日、直径58センチほどの球状のスプートニク1号は地球へ向けて最初の交信音を発信。これは人類の宇宙開発の幕開けを告げる出来事となった。

■打ち上げ当初の扱いは数行程度の記事のみ

「スプートニク1号」の打ち上げ翌日、共産党機関紙「プラウダ(Pravda)」は打ち上げ成功の報を数行程度の小さな記事で掲載しただけだったという。当時のソ連の指導者ニキタ・フルシチョフ(Nikita Krushchev)元首相の息子のセルゲイ(Sergei Krushche)氏が米ロードアイランド(Rhode Island)州にあるブラウン大学(Brown University)のスプートニク打ち上げ50周年を記念するフォーラムで語った。

「ソ連政府はスプートニク打ち上げ成功の重要性をすぐには理解できず、自国の技術が一歩前進したという程度の認識だった。しかし、ずっと後になって、われわれが技術的に正しい道を歩んでいたことが証明された」

■宇宙開発分野での米国の目覚め促す

「一方、冷戦により緊張が高まる中、スプートニクの成功は宇宙開発に対する米国の目覚めを促した。互いを脅威とみなす冷戦という妄想はプラスにもマイナスにも働き得るが、この場合はプラスの方向に働き、教育分野で実りがもたらされた」

「宇宙開発競争での勝利を目指す米国は、学術プログラムの再編や科学研究費の増額を行い、科学技術推進担当の大統領補佐官も設置した。そして1958年7月には、ついに米航空宇宙局(National Aeronautics and Space AdministrationNASA)が設立された。この後しばらく、宇宙開発競争はソ連とではなく米国内での開発競争として推移した」

「ソ連が本格的に宇宙開発競争に参加するのは、1964年のブレジネフ(Brezhnev)時代になってから。その後、宇宙開発競争は今日まで続いている。米国は現在、火星到達をめぐり中国と競っている」(c)AFP
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