【8月14日 AFP】「今日は主人が留守なの。よければ今夜……」。画面の電子メールには思わせぶりなメッセージ。受け取った相手が孫もいる78歳の女性だとは、まさか送信者は思いもしないだろう。

■コンピューターおばあちゃん

「こんなメールを受け取っても困るわよね。スパムは開いちゃいけないと分かっているけど、おもしろいから時々読んじゃうの」とカマタ・キクエさんは楽しそうだ。

 ハイテクとおばあちゃんは、相反する存在だと思われていた。しかしハイテク好きで高齢化が進む日本では、インターネットを使いこなすお年寄りが増えている。「朝は真っ先にコンピューターを開くのよ。夜のうちに届いたメールを読むのが楽しみ」と、カマタさんの友人のシノハラ・ロコさんも口をそろえる。

 2人は「コンピューターおばあちゃんの会」の会員だ。この会は、ネットにハマった新世代の高齢者のため、1997年に設立された。全国に200人いる会員はほとんどが70代で、中には男性もいる。最年長は京都で1人住まいの97歳の女性だ。

 会員同士でメールや写真を交換し、絵画、小説、詩、音楽といった作品を披露する。家電量販店ツアーなどのオフ会もある。ネット通販も利用する。「このごろは書店がどんどん大きくなって、欲しい本が見つけにくくなった。でもインターネットならすごく簡単」とカマタさん。

■高齢者の「原宿」、巣鴨でイベント開催

 7月末には、高齢者が多い街として知られる東京・巣鴨に、高齢者にコンピューターを体験してもらうイベントとしてインターネットカフェを開設した。イベントは、半導体メーカーのインテル(Intel)の協賛で開かれ、4日間で400人が訪れた。

 数少ない男性来訪者の1人、元編集者のメグミ・ヒサオさん(84)はコンピューターが空くのを待つ行列に並びながら、「わたしは初心者で、新しいことにチャレンジするにはちょっと遅いけれど、パーソナルコンピューターに慣れたいと思って」と語った。

 カフェには、初心者が指1本でマシンを操作できるよう、インテルなどの各社が高齢者のために新開発したタッチパネル式のコンピューターを設置。手書きを重んじる文化で育った日本の高齢者にとって、キーボードがないのは大きな安心感につながる。

■インターネット利用者が増加

 人であふれかえったカフェを見て、おばあちゃんの会の設立者、大川加世子さんは、この10年の大きな変化を実感した。会を設立しようとしたときの周囲の反応は、「おばあちゃんがパソコンをするわけがない」というものだった。「コンピューターを貸してくれる会社は1つもなかった」と大川さんは振り返る。

 しかし「高齢者は社会的弱者ではない」と大川さんは断言する。ノウハウと技術を身に着けた現代の高齢者は、人生の新境地を開拓している。「洗濯機と食洗機は家事の負担を減らしてくれた。でもコンピューターにかなうものはない。今や世界とつながっているんですから」と大川さん。

 電機メーカーも高齢者が大切な顧客だと認識し、NTTドコモ(NTT DoCoMo)のシニアに優しい携帯電話「らくらくホン」などの製品が次々に発売されている。このシリーズのベーシックモデルは、電話着信時やメール受信時に、相手の名前を読み上げてくれる。「ゆっくりボイス機能」では、ユーザーがボタンを押すと、通話相手の話す速度が遅くなり、聞き取りやすくなる。

 総務省の統計によると、高齢者のインターネット利用は急増しており、60代後半の半分近くがネットを利用している。70-79歳の利用者は、2006年末までの2年間で15.4%から32.3%へと急増。80歳以上も6.9%から16%へと増えた。一方、若者の利用者数はほぼ横ばい。40歳以下では90%以上の利用率となっている。

■高齢者も徐々にデジタル化

 高齢者にコンピューターを教えているチバ・レイコさんは、生徒から思いもよらない質問をされたことがあるという。「もっと上をクリックしてくださいと言ったら、コンピューターの画面を持ち上げようとした男性がいた。ゴミ箱がいっぱいですと言ったら、『どうしてここからわたしの家が見えるんですか』と聞かれたこともあった」

 しかしそんな質問をする人もだんだん少なくなったという。「数年前からこのような質問は減った。コンピューターに進む前に、携帯電話やデジタルカメラを経験済みの人が増えたからだと思います」とチバさんは言う。

 日本女性の平均年齢は世界最長の85.81歳。そのため夫に先立たれる確率も高い。大川さんは「会員の多くは1人暮らしです。そうした会員が増えるほど、生命線としてのコンピューターの役割は大きくなっていきます」と指摘する。

■亡くなった会員に「さよならメール」

 大川さんにとって最もつらいのは、亡くなった会員をメーリングリストから削除することだという。「亡くなった人からメールが来るはずがないのは分かっているんです。でも、ひょっとしたらと思うとね……」

 大川さんは、亡くなった会員のひつぎに、会員からの「さよなら」メールを届けたことがあるという。また、会員の子どもから、「母がコンピューターの使い方を知っているなどとは思いもしなかった。遺品を整理している時に電子メールや写真を見つけて驚いた」という話を聞かされたこともある。

「子どもたちは、仕事や何やらで忙しいのを口実に、あまり母親のことを気に掛けなかったことを悔やんでいるのかもしれない。でも、わたしたち母親も、意外と自分の人生を楽しんでいるんですよ」

 会員の息子からかつて大川さんに届いたメールには、「母が人生の最後の年月に、楽しく明るい日々を送っていたことを知りました。それが分かったことをうれしく思います」とつづられていた。(c)AFP/Miwa Suzuki