【4月4日 AFP】「晴天の日の空が本当に真っ青で、そのときは木の枝の先の氷の結晶まではっきり見ることができたんですよ」。日焼けした顔に笑顔で語るのは、スキーヤーの古川一美(Kazumi Furukawa)さん(56)。蔵王山(Mount Zao)に立ち、モミの木を見下ろしながら3年前の情景を鮮明に思い出しているのだ。

 古川さんが語るのは、この山で見られる「樹氷」という自然現象。樹氷を見るためだけに毎年、標高1600メートルの山を訪れる日本やアジア諸国のスキーヤーもいるほどだ。ところが最近、この樹氷が見られる回数が減ってきている。科学者らによると、その原因は海の向こう、中国の工業汚染にあるという。

 樹氷を20年近くにわたり研究している山形大学(Yamagata University)の柳澤文孝(Fumitaka Yanagisawa)准教授は、霜に混入する酸の量が徐々に増えており、木の将来を危険にさらしていると指摘する。今年は過去最高の酸レベルを記録し、生態系に深刻な問題を引き起こしている可能性もあるという。

 衛星データから、准教授らは酸の増加の原因が中国陜西(Shanxi)省の工場で排出された硫黄にあると結論付けた。

 2006年に初めて調査結果を科学誌に発表して以来、小学校から講義の依頼が入るようになった。「こういった科学的なことを子供たちに説明するのは、それだけで難しい。でも最後には、いつも『じゃあ、どうすればいいの?』と聞かれるんですよ」と准教授。適切な答えが見つからないことを残念に思っている。「汚染の元は日本の外にありますから、なかなか、地元で対策をといっても難しいですね」

 蔵王は日本が中国から受けている汚染の1例に過ぎない。経済の急成長に伴い、中国の工場による汚染は世界的な不安感を巻き起こしている。

■環境問題はアジア諸国で一体の取り組み必要

 柳澤准教授は1990年代前半に中国の大学で研究成果を発表したときのことを、こう振り返る。

「中国の大気汚染の影響を日本が受けている、とちょっとでも言おうものなら、大変な反発を受けます。以前、私の話に会場全体がブーイングしたことがあります」と教授は苦笑する。「今でも、越境汚染の話を中国でするのはタブーだと思います。中国に招待されて話すときには、その話をしないよう気をつけています。招待してくれた側にも迷惑ですし」

 一方、日本政府は中国政府と協力して環境問題に取り組みたい方針だ。2国間協議にオブザーバーとして参加した環境省の袖野玲子(Reiko Sodeno)課長補佐は「越境汚染で中国など一国を責めるのは、逆効果です。他の国を非難しても、結局問題の解決にはなりません。メンツをつぶすことになりますし」と語る。最終目的はアジア諸国が越境汚染に関する長期的な条約を結ぶことだという。

 8月に北京五輪を控える中国は、大気汚染対策に乗り出している。袖野課長補佐は「今年は五輪もありますし、中国は積極的に汚染対策でも国際協力に向けて動いてくれると期待しています」と語る。

 現在、気候変動の原因とされる温室効果ガスの最大排出国は米国だが、中国は間もなくこれを抜くとみられている。国立環境研究所(National Institute for Environmental Study)広域大気モデリング研究室の大原利眞(Toshimasa Ohohara)室長によると、このままの排出量が続けば、2020年までに二酸化窒素排出量は中国で2.3倍、東南アジアで1.4倍になるという。「政治の世界で汚染対策のリーダーシップがとられない場合のシナリオでは、アジアの大気汚染が全世界に深刻な影響をもたらすと考えられます」と指摘する。(c)AFP/Kyoko Hasegawa