【長沙/中国 9日 AFP】長沙(Changsha)で旅行代理店に勤めるZhou Dongさん(26)は、両親を尊敬し、礼儀正しく、はっきりと意見を述べるどこにでもいるタイプの青年だ。

 Zhouさんは、米国の人気オーディション番組「アメリカン・アイドル(American Idol)」の中国版とも言える「ハッピーボーイ(Happy Boy)」に応募した数千人の中国人男性の1人。

 「歌うことが大好きなんです。そして両親への愛情をみんなに聞いてもらえるように表現できるチャンスが欲しいんです」と、長沙のコーヒーショップでZhouさんは語った。長沙は、「ハッピーボーイズ」を制作する湖南サテライトTV(Hunan Satellite TV)の地元だ。

 感傷的な中国語のラブ・バラード数小節を口ずさむZhouさんは、高音は苦手のようだが、それ以外は何ら悪いところがあるようには見えない。しかし、中国政府の考え方は違うようだ。

■リアリティ番組を脅威と感じる中国政府の対応

 同TV局が制作し、大ヒットとなった番組「スーパーガール(Super Girl)」の男性版である「ハッピーボーイ」は、欧米の番組からヒントを得たリアリティショーだ。しかし、これらのリアリティ番組の成功を中国文化への脅威と感じる共産党は、厳重な取締りを始めた。

 「多く(のリアリティ番組)は、低品質で低俗、市場の末端でしか受け入れられていません」 国家ラジオ・映画・テレビ総局のWang Taihua氏は1月にこう語っている。

 TVの検閲組織として機能する国家ラジオ・映画・テレビ総局は前週、「ハッピーボーイ」に対して直接、不賛成を表明した。「奇妙なもの、俗悪なもの、悪趣味なものは禁止する」と、同機関は湖南サテライトに対し11の禁止項目を提示したのだ。

 それによれば、コンテスト参加者らは、「健康的で民族を鼓舞するような」歌を歌わねばならず、番組は「ゴシップ」を扱ってはならない。さらには、18歳未満は参加してはならない、となっている。

 同機関によれば、これらの規則は本年末に予定されている5年に一度の共産党の党大会に向け、社会環境を良くするためのものだという。

 「この種の娯楽番組の人気が、党のイデオロギーを損なうのではないかと政府は懸念しています。」と語るのは、上海の同済大学(Tongji University)で中国文化を教えるZhu Dake教授。「近年の娯楽文化は両刃の剣です。利益ももたらしますが、より洗練された文化価値の崩壊にもつながりかねません。」

 同国の指導者らは、これまでさまざまな形態の「精神的崩壊」を批判・攻撃してきたが、リアリティ番組に関してはそう簡単にはいかないようだ。

■大ヒットとなったリアリティ番組「スーパーガール」、しかしその人気が裏目に

 3年前、湖南サテライトは長沙で同局初となるオーディション番組「スーパーガール」をスタートさせた。皮肉なことに、長沙は毛沢東(Mao Zedong)の生まれ故郷のすぐ近くだ。

 「スーパーガール」の人気は高く、高利益も生みだしたため、全国的な視聴者を獲得し、資金の乏しい地方の放送局などでは多くの模倣番組が登場した。共産党のおひざ元、北京を拠点にした中国中央テレビ(China Central Television)までもがまねしたほどだ。

 以後、約500ものリアリティ番組が制作された。次の京劇スターを発掘する番組から、裕福な都会人と貧しい農村の農民が生活を交換する番組までさまざまだ。

 しかしその中でも、アイドルオーディション番組が最も人気が高い。中国の人々はエレベーターや精算を待つ列などいたるところで歌い出してしまうほど、音楽を愛する国民なのだ。

 前年の「スーパーガール」最終回は、中国史上最高視聴率をたたき出した番組の1つとなった。推定4億人が同最終回を見ていたと言われる。

 「(こういったリアリティ番組の)影響は文化、経済のどちらにおいても膨大です。しかし1980年代、90年代に生まれた若者は、熱狂や不確かさといった混沌(こんとん)とした状況に陥っています。」と語るのは人民大学(People’s University)の文化評論家であるMa Xiangwu氏。「政府及び中央権力機関はこのことをとても懸念しているのです。」

 しかし、特に湖南サテライトに集中していると見られる政府の反発の裏には、強欲さがあるのではないかと考える人も多い。

 そのような中、同局が本年予定している次のシリーズの放送が禁止されるのではないかという噂が広まった。

 多くのメディアが伝えるところによれば、こうした状況を避けるには湖南の共産党トップが個人的に北京の党本部へ参上し、このドル箱とも言える番組への寛容な措置を嘆願するしかないだろうということだった。

■男性のみの番組として再編

 同番組は前月に許可を得たが、男性のみの参加で、「スーパーガール」という有名な番組名を捨て、「ハッピーボーイ」という子どもっぽい名前に変えなければならなかった。

 これらの変化に理屈はあるが、湖南サテライトの広告戦術は台無しになった。さらにこれらの変化には、同局が市場で一人勝ちしてしまうことを防ぐ狙いがあったとも言われている。

 「競争が理由でしょう。間違いありません。」と語るのは同局のニュースキャスターを務めるZhang Dandan氏。「『スーパーガール』という題名は強力なブランド名になっていました。ですから、この変化は湖南サテライトにとっては大きな痛手です。」

 名前が変わっても、共通点は残されているだろうか?前年の「スーパーガール」では10万人の申込者を誇った湖南サテライトは、3月から「ハッピーボーイ」の受付を開始した。

 Ma氏によれば、あれだけ人気があり利益も上げた番組は、今後も幾分か、共産党にとって文化的な悩みの種であり続けるだろうということだ。「この種の番組を完全に禁止しても不十分でしょう。メディアや社会、ビジネス界はこれらの番組を必要としています。中国では、娯楽とビジネスは1つになりつつあるのです。」

 番組にエントリーしたZhouさんは、この騒動について当惑している。「スターになりたい訳ではありません。おもしろいし、貴重な経験になると思うのです。中国の若者は、自分を表現したいだけなんです。」

 写真は、長沙市内でインタビューに答えるZhouさん(2007年3月22日撮影)。(c)AFP/LIU Jin