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ジョン・レノン反戦歌の手書き歌詞が競売に、落札予想価格6000万円超

  • 2008年04月30日 11:31 発信地:ロンドン/英国
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ジョン・レノン(John Lennon)による「平和を我等に(Give Peace A Chance)」の手書きの歌詞(2008年4月29日提供)。(c)AFP/Christie's Press Office

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【4月30日 AFP】ジョン・レノン(John Lennon)の楽曲「平和を我等に(Give Peace A Chance)」の手書きの歌詞が、7月10日の競売で最高で約30万ポンド(約6100万円)の落札額になると予想されている。競売大手クリスティーズ(Christie's)が29日、発表した。
 
「平和を我等に」が書かれたのは1969年。レノンと妻のオノ・ヨーコ(Yoko Ono)がモントリオール(Montreal)のザ・クイーン・エリザベス(The Queen Elizabeth、当時)ホテルのスイート1742で、平和を求めて8日間をベッドで過ごした反戦運動「ベッドイン」を行った最中に、レノンが作曲したものだ。

 レノンはその手描きの歌詞を、当時16歳だったゲイル・レナード(Gail Renard)さんに渡した。レナードさんはホテルの厳重な警備をくぐり抜け、校内誌に掲載するためのインタビューをレノンに依頼した少女だ。1週間そこに滞在し、レノン夫婦と友人になったという。

 7月の競売には、歌詞と一緒に、このとき撮影された写真も出品される。

「平和を我等に」のレコーディングは、「ベッドイン」の最終日に行われた。詩人のアレン・ギンズバーグ(Allen Ginsburg)、 「サイケデリック革命の父」といわれる作家ティモシー・リアリー(Timothy Leary)やカナダのハーレ・クリシュナ(Hare Krishna)寺院のメンバーが参加。このメンバーはプラスチック・オノ・バンド( Plastic Ono Band)と命名された。

 同曲は米国チャートで最高14位を記録。1970年に解散したビートルズ(The Beatles)のメンバーによる、初のソロ作品だ。その後は、ベトナム戦争などの反戦運動歌になった。(c)AFP

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