【9月6日 AFP】(一部追加)イタリアのニュース専門チャンネルSky TG 24およびAGI通信は5日、すい臓がんで闘病中のイタリア人テノール歌手ルチアーノ・パバロッティ(Luciano Pavarotti、71)氏の容体が悪化していると報じた。

 Sky TG 24は、「ルチアーノ・パバロッティ氏の容態が悪化した」と伝えたものの、詳細については述べていない。

 AGI通信は、同氏が「自宅で重体となっており、モデナ(Modena)の病院から駆けつけたガン専門医の手当てを受けている」と伝えた。

 パバロッティ氏は8月8日、発熱のため同国北部モデナの病院に入院。8月25日に診断検査を終え、退院したばかりだった。

 同氏は、現代を代表する名テノール歌手のひとり。2006年7月にすい臓がんの手術を受けた後、少なくとも5回の化学療法を受けている。

■当代きっての名テノール歌手として、国際舞台で活動

 パバロッティが初めて世界の注目を集めたのは、1961年にある大会で優勝したときだった。これをきっかけに、レッジョ・ネレミリア(Reggio Emilia)で公演されたジャコモ・プッチーニ(Giacomo Puccini)の『ラ・ボエーム(La Boheme)』でロドルフォ(Rodolphe)の役に抜擢された。

 その後、欧州全土で活動を展開。1965年2月には渡米し、フロリダ(Florida)州マイアミ(Miami)でジョーン・サザーランド(Joan Sutherland)と共にガエターノ・ドニゼッティ(Gaetano Donizetti)の『ルチア(Lucia di Lammermoor)』に出演した。

 テノール歌手として絶頂期を迎えたのは、1972年2月、ロンドンのコベントガーデン(Covent Garden)、およびニューヨークのメトロポリタン・オペラ(Metropolitan Opera)において、ドニゼッティの『連帯の娘(La Fille du Regiment)』でサザーランドと共演した頃とされている。

 オペラのみにとどまらず、ポップミュージシャンなどと、さまざまなライブコンサートにも出演。1991年には、チャールズ皇太子(Prince Charles)とダイアナ妃(Princess Diana)夫妻を含む観客15万人を前に、ロンドンのハイドパーク(Hyde Park)で歌声を披露した。

 1990年、イタリアで開催されたサッカーW杯では、パバロッティが歌うアリアの曲がテーマソングに選ばれ、さらに世界の注目を集めた。この時選ばれたのは、プッチーニのオペラ『トゥーランドット(Turandot)』の『誰も寝てはならぬ(Nessun Dorma)』。

 近年では、ホセ・カラーレス(Jose Carreras)、プラシド・ドミンゴ(Placido Domingo)と共に3大テノールとして活動するほか、モデナで例年『パバロッティと仲間たち(Pavarotti and Friends)』と題したチャリティー・コンサートを開催するなどしていた。(c)AFP