【ロサンゼルス/米国 29日 AFP】肺炎の合併症によりアトランタ市内の病院で25日、73歳で亡くなったソウルシンガー、ジェームズ・ブラウン氏(James Brown)の告別式が28日、同氏が40年以上前にデビューを飾ったニューヨーク、ハーレムのアポロ劇場(Apollo Theater)で開催され、数え切れない人々が、「ソウルのゴッドファザー」に最後の別れを告げた。
そのパワフルな声、鮮やかなステージパフォーマンス、小気味良いリズムで観客を熱狂させた「ファンクの帝王」と最後の対面をするチャンスを求めて、開場まで数千人のファンが数時間に渡り長蛇の列をなした。
1962年に行った同劇場でのパフォーマンスを収めた自主制作のアルバム、「Live At the Apollo Vol. 1」はブラウン氏最初のヒットレコードの一枚となった。アポロ劇場でアーティストの告別式が行われるのは初のこと。
ドアが開かれたのは昼頃で、白い棺に納められたブラウン氏の遺体は、馬車にてハーレム地区を回り輸送された。
ファンク、ソウル、R&Bからヒップホップやラップに至るまで、ありとあらゆるジャンルの音楽に多大な影響を与えてきたジェームス・ブラウン氏は、「ロックの帝王」エルビス・プレスリー(Elvis Presley)や「フォークの神様」ボブ・ディラン(Bob Dylan)と並び、その名を轟かせる音楽界の巨人と称される。
夜明け前から開場を待ち並んでいた熱心なファンの一人、スチュワート・グレイさん(Stuart Gray)さんはこう語る「ジェームス・ブラウンは開拓者だった…。新しいことをやるのはブラウンで、みんなはそれを真似した」。
アポロ劇場での告別式の開催を要望した同氏で長年の友人で社会活動家であるアル・シャープトン牧師(Al Sharpton)は、マンハッタンのアフリカ系アメリカ人が多く住むハーレム地区に構える同劇場について、ブラウンがこれほど愛着を持ったライブハウスは他に無いと述べた。
「彼は子供たちに『もし自分に万一のことがあるのなら、もう一度アポロ劇場を満員にしたい』と言っていました。あれほどセンセーションに満ちた人生を生きた男が、静かにこの世を去って行ってしまうとは信じがたいです。人々が列をなしているアポロに、もう一度戻って来れたということほどブラウンを幸せにするものは無いでしょう。きっと心から喜んでいます」シャープトン牧師は語った。
最期を看取った親しい友人、チャールズ・ボビットさん(Charles Bobbit)はブラウン氏が死の直前、B・B・キング・ブルースクラブ(B.B. King Blues Club & Grill)で開催される大晦日のコンサートへ最後に出演できないことを悔やんでいたと話した。「ショービズ界で最も働く男」と称えられたブラウン氏は、2006年にも100を超えるショーに出演した。
29日にはジョージア州オーガスタで密葬が、30日には公葬が、アル・シャープトン牧師(Al Sharpton)のもと執り行われ、多くの業界関係者が参列する見込み。
写真はアポロ劇場に安置されたジェームス・ブラウン氏。(c)AFP/Getty Images Bryan Bedder
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