【1月26日 AFP】米国で人工妊娠中絶が合法化されて40年になるが、論争の的となっている妊娠後期の中絶を現在も行う医師は全米で4人しかいない。この数少ない医師たちを追ったドキュメンタリー映画『After Tiller(ティラーの後)』が、米ユタ(Utah)州で開催中のサンダンス映画祭(Sundance Film Festival)で上映された。

 題名にある「ティラー」とは、後期中絶を手掛ける医師として知られながら、2009年に銃撃を受けて死亡したジョージ・ティラー(George Tiller)医師のことだ。映画はティラー医師の死後も米国で後期中絶を行っている数少ない医師に焦点を当てている。

 米最高裁が人工中絶を合法化したのはちょうど40年前の1973年1月22日だ。しかしこの時、妊娠期間の最後の3か月に当たる第3三半期での中絶を制限する権利は各州の手に残された。

 全米の人工中絶のうち1%を占めるにすぎない後期中絶だが、その是非をめぐっては激しい論争があり、また中絶反対派による特に強烈な抗議の対象とされている。

 かつてティラー医師の同僚だったスーザン・ロビンソン(Susan Robinson)医師は、ティラー医師が凶弾に倒れた後も後期中絶を行ってきた。サンダンス映画祭での上映後、ロビンソン医師はAFPの取材に応じ、そうした医師たちには殺害予告が届くだけではなく、「制度的な障害」もあると語った。

「人工中絶を行う医師は、病院での職を得ることが非常に難しい。中絶提供者は嫌われるからです。この国の人工中絶のほとんどは外来クリニックか独立クリニックで行われています。中絶を行う者には非常に大きな負の烙印(らくいん)が押されます。他の医師からは見下され、最底の医師だとみなされるのです」(ロビンソン医師)

 同医師はティラー医師の死後、自身の仕事を続けるためにもう1人の同僚の医師と共にニューメキシコ(New Mexico)州へ移った。後期中絶を行う3人目の医師は、ネブラスカ(Nebraska)州とアイオワ(Iowa)州を追われ、現在はメリーランド(Maryland)州で開業している。4人目はコロラド(Colorado)州に診療所を持っている。

 映画の共同監督を務めたマーサ・シェーン(Martha Shane)氏はこう語っている。「(攻撃の)標的となったり、毎日抗議を受けるという(医師らの)苦難は予想していた。けれど、これほど感情をすり減らすような仕事だとは思っていなかった。人生で最も辛い時期の1つをくぐり抜けている女性たちを相手にするのですから」

 ロビンソン医師は言う。「私のところに来る女性、特に悩んだ末に私を訪れた女性たちは、中絶が必要だという強い確信を持ち、国内だけではなくカナダやフランスからもやってきます。スーパーへの買い物がてらにたまたま見かけたクリニックに入ってくるわけではないのです。私がしていること、その全ての根底には、女性には倫理的な問いを自問自答し、自分にとって最良の決断をする能力があるという信条があります」

 映画のもう1人の共同監督ラナ・ウィルソン(Lana Wilson)氏も「(ロビンソン氏は)医師なのであって、倫理の審判者ではない」と強調する。「彼女は患者の安全と健康を念頭に置いている。これは白か黒かという判断の問題ではなく、共感の問題です」

 現在、ロビンソン医師らは自分たちの引退後に備えて、35歳の医師に人工中絶術を伝授しようとしている。「もっと多くの医師を訓練していきたい。医師たちはやり方が分からないのではなく、恐れているのです」

(c)AFP