写真は、深センでかつての指導者鄧小平氏のポスターを眺める親子(2004年8月18日撮影)。専門家らは、同氏の中国および世界に対する影響力は時の経過とともに強まっていると語る。(c)AFP/Samantha SIN
【深セン/中国 18日 AFP】立ち並ぶ高層ビルやフル稼働の工場に象徴される深セン(Shenzhen)は、国内で広がる経済的な成功を収める都市の輝かしい一例である。だが、Zhang Feiさんは、その成功の裏側について語る。
山西(Shanxi)省出身のZhangさん(26)は電子製品関連の工場に勤務しており、厳しい上司のもと1日13時間働いている。月給はわずか1900元(約2万9000円)。故郷に残してきた4歳の息子とは、年に2週間ほどしか過ごすことができない。
1日の長い勤務を終え、友人と公園でくつろぐZhangさんは、たばこの火をもみ消しながら「深センでの仕事には大きなプレッシャーがつきまとう」と語る。
鄧小平(Deng Xiaoping)が改革の一環として設立した製造拠点であり、10年前の2月19日に死亡した同氏が残した遺物の象徴である深センにおいて、Zhangさんのような例は珍しくない。
1979年当時は小さな漁村だった深センは、鄧氏の改革が進む中、経済特区(Special Economic Zone)に選ばれ、国内の産業部門に外貨を流入させる重要な役割を担った。今日では、市内の高層ビル群の間を高級外車が走り抜ける都市へと成長している。
公式発表によると、2006年に深センで製造された製品の輸出高は1360億ドル(約16兆2384億円)にのぼり、14年連続で国内第1位の座を守っている。
写真は、深センでかつての指導者鄧小平氏のポスターを眺める親子(2004年8月18日撮影)。専門家らは、同氏の中国および世界に対する影響力は時の経過とともに強まっていると語る。(c)AFP/Samantha SIN