【4月25日 AFP】ハンガリー西部のデヴェチェル(Devecser)村の路上を見つめるピロスカ・ニョマ(Piroska Nyoma)さんの目には、涙があふれていた。

「わたしの家がなくなっているのは知っていました。けれど、近所の家も全部なくなっていたのは、とてもショックでした」と、50代のニョマさんは話す。かつて住宅街だったその地区には、今はがれきしかない。

■廃液汚染の爪痕

 2010年10月4日、アルミニウム工場の貯水池が決壊して有毒な赤色の廃液が流れ出し、付近の村々を飲み込んだ。住宅は住むことができなくなり、解体された。

 デヴェチェルはハンガリー史上最悪の化学事故の中心地になった。貯水池から流出した廃液の量は110万立方メートルに上り、悪臭を放つ赤い汚泥は40平方キロの範囲に広がった。汚泥は川にも入り込み、ドナウ(Danube)川にまで達した。貯水池に近い川の生物はほぼ完全に死滅した。

 この事故で10人が死亡、150人が負傷し、多くの人びとが住居や職を失った。

 最大の被害を受けたコロンタール(Kolontar)とデヴェチェルでは、事故から6か月たった現在も住宅や道路に消しがたい赤い汚泥のあとが残っている。そして事故の記憶も、村民の心から消えそうにない。

 事故の後にこの一帯に出された非常事態宣言は、最近になって6月30日まで延長されることが決まった。多くの住民が自宅に戻ってきてはいるが、それでもデヴェチェル村にはゴーストタウンのような光景が広がっている。

■作付けは10年間禁止

「事故はデヴェチェルの経済に消せない痕跡を残した」と、タマス・トルディ(Tamas Toldi)村長は語る。トルディ村長は、事故の前日、10月3日に村長に当選したばかりだった。

 事故を受け、村の失業率は急激に悪化して20%に達した。パン屋などの小規模な事業者の多くは廃業に追い込まれたという。昼食の時間に営業しているレストランは1軒しかない。そこは建物の解体やがれきの撤去を行う作業員らで満席になっていた。

 汚泥被害を受けた住宅261戸のうち、すでに102戸の解体が終わった。だが、トルディ村長は、彼ら作業員たちがすべての作業を終えて去った後も、この土地に刻まれた傷痕は残り続けるだろうと語る。食用作物の作付けや食品の生産は10年間禁止された。そのため、村ではバイオエタノールなどの原料になる植物の栽培を検討している。

 世界自然保護基金(World Wildlife Fund for NatureWWF)は最近、被災地の一帯にはまだ生物が戻っていないと報告したが、春の到来とともに、いまだに赤い汚泥が幹に残る木々も、葉やつぼみをつけ始めている。


■「健康に影響なし」に住民たちの疑問

  政府は、汚染除去費用として8000万ユーロ(約96億円)の予算を計上した。これには、自宅を解体された住民の住宅を新築する費用も含まれている。一方で、事故の責任の所在はいまだにはっきりしていない。

 政府は事故発生の数日後には、貯水池を操業するMALハンガリーアルミニウム製造販売会社(MAL Hungarian Aluminium Production and Trade Company)を政府管理下に置き、資産を凍結した。また、同社を相手取った訴訟もこれまでに30件起きている。

 専門家の間では、災害管理当局や、水質保護・環境保護当局、建設当局、鉱山当局などが同社に許可を出した際に問題があった可能性を指摘する声もある。

 一方、約1500人の村民は、政府による健康調査が信用できないとして、独立した第三者機関による健康調査を実施するよう求めた。政府による健康調査では、被災地の全域で健康への影響はないとされたからだ。

 村民の広報役を務めるれんが職人のヤノス・アルマシ(Janos Almasi)さん(37)は「家の新築など、村では良いことも起きています。けれども、汚泥が健康にどんな影響を及ぼすのか、わたしたちは知りたいのです」と語る。「昔はここでの生活が大好きだったのですが、いまは良い気分はしませんよ」

(c)AFP/Eszter Balazs