【11月20日 AFP】大型サイクロン「シドル(Sidr)」の直撃を受けたバングラデシュの小島で、2人の子どもがヤシの木にくくりつけられたおかげで助かった。村に住んでいた約70人の子どものうち、残ったのはこの2人だけだった。

 助かったのはRiazちゃん(13)とSumonちゃん(5)。サイクロンに襲われた2人の住む小さなMajher Char島には避難する場所さえなく、2人の年長のいとこ、Zabbar Miaさんが必死の思いで機転を利かし、2人をヤシの木にくくりつけた。同島には約70人の子どもがいたが、生き残ったのは一握りで、多くがベンガル湾(Bay of Bengal)から押し寄せた暴風と6メートルの高潮に流され、亡くなったか行方不明となっている。

 バングラデシュのサイクロン警報システムは高く評価されているものの、今回「シドル」の危険が迫ったとき、何も警告はなかったと村人たちは証言している。

 「この島で子どもが生き残るのはほとんど無理だった。2人が生き残ったのは本当に幸運だ」と、妻と息子2人、いとこ2人を失った村人は語った。息子のうちひとりの遺体は、木に引っかかった状態で発見された。「もうひとりはまだ行方不明だ。たぶん海に流されてしまったんだ」と嘆く。

 70歳のSobhan Dafadarさんは、バングラデシュで50万人が亡くなった1970年のサイクロンや、13万8000人が犠牲となった1991年のサイクロンによる高潮も見てきたが、今回の被害ほど壊滅的な惨状は見たことがないという。「こんな修羅場は見たことがない。通り過ぎるのはとても早かった。たった30分で、すべてが消え去った」。首都ダッカ(Dhaka)で働く息子以外、家族全員が亡くなり、ひとり残されたという。
 
■島の人口の五分の一が、たった30分で消えた

 同島の住民500人のうち、100人は死亡または行方不明とみなされている。

 Majher Char島(Majher島)はBishkhali川の河口に近く、住むには寒々しいところだ。島の名前にもなっているチャールとは、バングラデシュの河川の多くで見られる中州のことで、砂と堆積物が常に移動を続けている。そうした土地に推計700万人が暮らすが、その大半は最貧困層で、ほかの場所にに住む余裕がない。住居も竹やブリキでできた壊れやすい小屋だ。

 同島には学校や衛生設備もない上、仕事もアクセスできる医療機関もない。さらに、貧困や災害の多いバングラデシュの中でも、特に多くの洪水やサイクロンの被害を受けやすい。

 ベンガル湾での危険な漁でわずかの収穫を得て暮らす同島の住民たちは、「シドル」の襲撃に心から驚いたという。「風の勢いを読み間違えた。サイクロンが来る時は普通、南から風が吹くけれど、今回は突然、南東からやって来た。木のうろに入るか、自分自身を縛り付けていなかった人はみんな死んでしまった」と島民のひとりは語った。さらに、緊急避難用の壕もなかったため、全員、流されてしまうのではないかと思ったという。

 50歳の女性も、ほかの人たちとともに木に登り、木に体を縛り付けた。3人の孫と義理の娘は亡くなった。「わたしたちはただ死ぬのを待っていた」。

 住民たちが当局に対し、島にサイクロン用の避難シェルター施設の建設を要請したこともあったが、「誰もわたしたちの求めに耳を貸してくれなかった。サイクロンが来れば、神の御心に身を任せるしかない」と、2人のいとこを失った30歳の女性もいう。今、村人たちは救助が到着するまで、生き抜くことで精一杯だ。

 島にあった住居は跡形もなくすべて消え去った。前週以降、食料はなく、たったひとつある井戸にも海水が入り込んでいる。島内には未舗装の道路でもたった1本しかなく、しかしそれも破壊され、通行不可能となっている。(c)AFP/Shafiq Alam