【6月3日 AFP】内部告発サイトのウィキリークス(WikiLeaks)に米政府の機密情報を漏えいしたとして訴追されたブラッドリー・マニング(Bradley Manning)陸軍上等兵の裁判が3日、逮捕から3年を経て米メリーランド(Maryland)州の軍事法廷でついに始まる。

 最長で禁錮154年の刑に直面しているマニング被告は、アフガニスタンとイラクに関する米政府の外交電文と軍事記録をウィキリークスに提供したことなど、幾つかの罪状について軍事法廷で開かれた予審で有罪を認めた。裁判でも有罪判決が下るのはほぼ確実とみられている。

 だがマニング被告は、最も重罪である国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)やウサマ・ビンラディン(Osama bin Laden)容疑者らに意図的に情報を漏らしたとする「敵対勢力ほう助」罪については、否認している。

 英雄か、国家の敵か――米史上最大の機密漏えい事件を起こしたと非難される若者の実像は、謎のままだ。

■ハッカーから米軍分析官に

 やせて小柄なそばかす顔に眼鏡をかけたマニング被告は、1年以上にわたる軍事法廷での予審の間、落ち着きと静かな決意をにじませた自信に満ちた態度を保っていた。しかし、1109日に及ぶ勾留中には自殺の兆候や監房の鉄柵をなめるといった奇行を見せるなど、落ち着いた振る舞いが見せかけに過ぎないことを示す数々の証拠がある。

 マニング被告はオクラホマ(Oklahoma)州クレセント(Crescent)で、米国人の父親と英国人の母親の間に生まれた。両親は後に離婚。被告は幼いころからパソコンに興味を示し、初めてウェブサイトを作ったのは10歳のときだったという。

 17歳までに同性愛者であることを公表。オクラホマ市(Oklahoma City)内のソフトウェア企業に就職したものの4か月で解雇され、ハッカーの世界に足を踏み入れた。その高度な機密情報アクセス技術が認められ、米軍入隊後は米軍情報部で戦場での情報分析官となる。

「私は、物事がどのように動いているかを常にはっきりさせたいタイプの人間だ。分析官としても真実を解き明かしたいと思っていた」と、マニング被告は予審で述べている。

 同性愛者だと公言していたため、訓練期間中には同期からいじめを受けた。上官にも軍の生活に適合できないと判断され、除隊を勧告された。しかし、被告の高度なIT技術はまさに分析官向きで、除隊勧告は取り消された。

■戦場の現実「心の重荷に」

 こうして、イラクに派遣されたマニング被告は、そこで情報分析に当たる中で目撃した出来事に激しい衝撃を受ける。それが、やがて不法に機密情報を入手しウィキリークスに漏えいする動機につながっていった。

 バグダッド(Baghdad)で米軍の攻撃ヘリコプターが路上の通行人を次々と銃撃し、12人を殺害、子ども2人を負傷させた映像が「心の重荷となった」と、マニング被告は法廷で証言している。「彼ら(米兵)は、守るべき人々を非人間的に扱った。人命を尊重しているとは思えなかった。殺害したイラク人をさして『死にやがった』などと言い、大勢を殺すことができたと喜んでいた」

 マニング被告のこうした一面は、被告の支援者らが主張する「米外交政策における最悪の逸脱行為を、良心の声に従って明るみに出した」という人物像と一致する。

■英雄視する支援者たち

 ベトナム戦争に関する米国防総省の極秘報告書、通称「ペンタゴン・ペーパーズ(Pentagon Papers)」を米ニューヨーク・タイムズ(New York Times)に漏えいした米軍事アナリストのダニエル・エルズバーグ(Daniel Ellsberg)氏は、マニング被告を「英雄」と呼び、ノーベル平和賞に値すると評価している。

 被告を支援する「ブラッドリー・マニング支援ネットワーク(Bradley Manning Support Network)には、裁判費用としてこれまでに110万ドル(約1億1000万円)の寄付が集まった。

 一方、マニング被告の動機には同意できないと考える米国人も少なくない。被告とはハッカー仲間で、インターネット上でのチャット中に当時イラクにいた被告が胸中をつづったメッセージを読んだ後で米当局に通報したエイドリアン・ラモ(Adrian Lamo)氏も、その1人だ。「私が目にした書き込みは、とんでもなくひどい行為をしたという告白だった。対応が必要だった」とラモ氏は証言している。(c)AFP/Arthur MacMilla