【5月28日 AFP】1979年に米ニューヨーク(New York)で登校途中だったイータン・パッツ(Etan Patz)くん(当時6歳)が行方不明となった事件で前週、殺害を自供したペドロ・ヘルナンデス(Pedro Hernandez)被告が事件について作り話をしていた可能性が浮上している。

 当時ソーホー(SoHo)地区に住んでいたヘルナンデス被告は、初めて1人でスクールバスに乗って通学するところだったイータンくんに「ソーダを飲ませてあげる」と誘い、勤務先だった食料品店の地下室へと連れ込んで首を絞めて殺害したと供述した。

 25日、第2級殺人罪で起訴されたヘルナンデス被告の罪状認否手続きが、マンハッタン(Manhattan)の裁判所で行われ、被告の入院するベルビュー病院(Bellevue Hospital)と裁判所とが映像回線でつながれた。手続きの最中、被告は受刑者用のオレンジ色のつなぎを着用し、まるで放心状態にあるかのような表情をしていた。

 弁護人のハービー・フィッシュベイン(Harvey Fishbein)氏は、ヘルナンデス被告は「統合失調症と双極性疾患との診断を受けており、治療のために入院中」で「幻視と幻聴の既往がある」とし、被告の責任能力を問う精神鑑定を申請。マシュー・シアリーノ(Matthew Sciarrino)判事は、これを受理した。

■証拠あるのか、作り話なのか

 警察当局はヘルナンデス被告が長時間を費やし自供を行ったと述べているが、被告の罪状認否手続きはまだ終わっておらず、被告の供述以外に証拠があるのかどうかについても明らかにしてない。イータンくんの遺体が発見されていないため、検察当局は別の証拠に依拠してヘルナンデス被告による殺害を立証しなればならない。

 イータンくんの不明事件ではこれまでに3人の容疑者の名前が挙がったが、起訴されたのはヘルナンデス被告が初めて。ヘルナンデス被告が作り話をした可能性も指摘されており、今回のような長期の未解決事件で起訴に踏み切ったことから、当局は慎重な発言を続けている。

■元近隣住民が米紙に証言

 一方、当時ソーホー地区に住んでいたロベルト・モンティセロ(Roberto Monticello)さんは、近隣のヘルナンデス被告について、おとなしい人だったが地域のバレーボールの試合中にかっとなることが多かったと証言している。

 モンティセロさんは米紙ニューヨーク・ポスト(New York Post)に、「私たちは毎日イータンを捜してまわった。ペドロ以外の全員で。彼はただ外に立って、私たちの方を眺めていただけ」と語った。

「思い返せば奇妙なことだね。みんなで捜していたのに、彼(ヘルナンデス被告)は捜さなかった。ある日突然爆発して、誰かを殴ったり刺したりするような奴だっていうのは子どものころからわかってたよ」

(c)AFP/Mariano Andrade

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