【イスタンブール/トルコ 20日 AFP】アルメニア人虐殺事件をアゴス(Agos)誌上で取り上げて有罪判決を受けていたフラント・ディンク(Hrant Dink)氏(52)が勤務先のアゴス社入口で射殺された事件は、早くも政治的暗殺との憶測を呼んでいる。
 
 事件を受けて路上では数千人規模の抗議デモが行われ、レジェプ・タイップ・エルドアン(Recep Tayyip Erdogan)首相は「思想の自由に対する攻撃」を行った容疑者の逮捕を誓約。捜査当局は同日、容疑者3人の逮捕を発表した。またイスタンブール(Istanbul)のMuammer Guler知事は、半国営のアナトリア(Anatolia)通信のインタビューで「容疑者3人を逮捕し、実態解明は間近だ。動かぬ証拠もある」と語った。アゴス誌の従業員によると、殺害現場となったディンク氏の勤務先があるイスタンブール県シシリ(Sisli)区は欧州寄りの地区だという。

 国内テレビ局NTVは、ディンク氏は頭部および頚部を撃たれ即死、警察当局はデニムジャケットと白いキャップを身につけた10代後半の男を追跡していると伝えた。一方、アナトリア通信は現場を立ち去った20代後半の男の目撃情報を伝え、当初情報が錯綜していた。

 ディンク氏の弁護士Erdal Dogan氏はCNN-Turkのインタビューで、ディンク氏は度々脅迫を受けていたが、警察には保護を要請していなかったことを明らかにした。1月10日に掲載された最後のコラムでもディンク氏自身が「多くの組織が自分をトルコの敵とみなしており、脅迫の手紙も受け取っている」と書いている。

■5000人規模のアルメニア系住民が追悼

 アゴス社前では5000人規模のアルメニア系住民が赤いカーネーションや「親愛なる兄弟」などと書かれた写真を携えて、ディンク氏を追悼した。首都アンカラ(Ankara)でもおよそ700人の労働組合員や人権活動家らが広場で座り込みを実施。国内約8万人のアルメニア系住民の指導者トルコ・アルメニア系グレゴリオ教会総主教のメスロブ2世(Mesrob II)は、15日間の服喪期間を宣言した。

 エルドアン首相は「ディンク氏に対する卑劣きわまる攻撃は、我々への尊厳と平和と安定と統一への攻撃であり、思想の自由と民主主義への攻撃である」と述べ、内相に実態究明を命じたことを明らかにした。
 ディンク氏は、1915年から1918年のオスマン帝国時代に行われた「アルメニア人虐殺」を誌上で取り上げて司法当局や民族主義者から激しい怒りを買っていたが、ディンク氏自身は1トルコ国民として決して国益に反することは行わないと常々主張してきた。

 だがディンク氏は、刑法第301条(国家侮辱罪)による初の例として6か月の判決を受け、2006年7月の控訴審でも1審の判決を支持。トルコは欧州連合(EU)から批判を浴びることとなる。ディンク氏は1審判決を誌上で批判し、最高3年の刑が下る罪で追起訴された。さらに2006年9月には、アルメニア人虐殺を「大量虐殺」と表現した罪でも起訴されていた。

 妻と子ども3人の父親であるディンク氏は1996年の創刊以来、アゴス誌の記者を務めていた。

 アルメニア人虐殺をめぐる論争が巻き起こったのは、ごく最近のこと。アルメニア系住民らはおよそ150万人が殺害されたと主張している。トルコ政府は大量虐殺との表現を否定し、アルメニア人が東アナトリアで行った独立運動と第1次大戦のロシア侵攻の際に約30万人のアルメニア人が死亡し、トルコ側もほぼ同数の犠牲者を出したと説明している。

 写真は、ディング氏の殺害現場で同氏の写真を掲げる抗議デモ参加者たち。(c)AFP/MUSTAFA OZER