
【ウィーン/オーストリア 7日 AFP】1998年にウィーンの路上で誘拐され、8年間監禁されたのち8月24日に保護されたナターシャ・カンプシュ(Natascha Kampusch)さん(18)が、6日付けの週刊誌「ニュースマガジン(News magazine)」のインタビューに応じた。この中で、地下室に捕らわれていた8年間は常に逃亡することに目を向け、自由になることを夢見て、一度たりともあきらめなかったと述べている。
カンプシュさんは、同誌および6日夜に放映されたオーストリアのORFテレビで、落ち着いた様子でインタビューに応じた。彼女を誘拐・監禁し、彼女が逃亡した8月23日夜にウィーンで列車に飛び込んで自殺した通信技術者のWolfgang Priklopil(44)については、「斧があったら首をはねてやるのに、と思っていた」と同誌に語った。
「私は、『閉じ込められる』ために生きているのではない。自分の人生を台無しにするために生まれてきたのではない」と思い続けていたという。
■脱走の一部始終を語る
カンプシュさんの取材には、外国からも報道陣50人が詰めかけた。彼女は、インタビュアーに対し、「私は自由を心から愛しています」と切り出してから、脱走の一部始終を語り始めた。
「逃げるタイミングをいつも見計らっていた。しかし、失敗は許されなかった。失敗は、『地下牢から二度と出られない』ことを意味していたから」
カンプシュさんは、家の掃除のために地下室から出された際、電話がかかってきて犯人が油断したすきに逃げたという。
「彼が電話に出た時、とっさに逃げようと思い、走って外に出ました。無我夢中で近くの家の庭に駆け込んだ。電話をかしてと言っても携帯を持っている人はおらず、肩をすくめるだけ。そこで、フェンスを飛び越えて別の家の庭に駆け込んだのです。やがて、窓が開いている家があったので駆け寄り、台所にいた女性に『警察に電話してください』と頼みました」
テレビに出演したカンプシュさんは、ジーンズに紫のシャツ、頭にはピンクと紫のスカーフを巻いて、リラックスした様子。時折笑顔を見せ、ジョークさえ交えながらインタビューに応じた。しかしカゼを引いているために声はしわがれており、時折、スタジオの照明に対してまぶしそうに目をつぶった。
「写真撮影の時と同じように、(テレビの収録の際にも)笑顔を作ろうと努力したのです。私の顔を憶えてもらえるように」
■「犯人は誇大妄想が激しく、疑い深かった」
彼女は、犯人が「脱出に手をかした者には危害を加える」と脅していたため、誰かに助けを求めたことは一度もなかったという。
「彼は、誇大妄想が激しく、疑い深かった。私が読んだ新聞にはあとで必ず目を通した。私が手にしたものは何もかもチェックした。私が(助けを求める)メッセージを記入していないかを執拗に確認していたのです」
彼女の誕生日、そしてイースターとクリスマスには、2人でお祝いをしたという。そんな時、犯人はプレゼントをくれたと言う。
「彼は、私に『償い』をしなければと思っていたようです。彼はかんしゃく持ちでしたが、本人はそれを抑えようと必死でした」
■死人を批判したくない
カンプシュさんは、インタビューの前に、「犯人とは親密な間柄だったか」等の個人的な質問には一切答えないと念を押していた。また、ニュースマガジンに対しては、犯人についてはあまり語りたくないという意向を示した。
「彼はもう自分を弁護することができませんから。死人を批判するなんて、あまり関心できません。彼の母親も聞いていますしね」
カンプシュさんは現在、2つの女性支援プロジェクトを計画していると言う。拉致されて拷問や性的暴行を受けた女性たちを支援するもので、1つはメキシコ、もう1つはアフリカを対象としたプロジェクトだという。
「私は、自分の経験から、飢えがどんなものかを知っています。だからアフリカで飢えに苦しんでいる人々を助けたい。そして、私と同じ苦しみを味わった人々を助けてあげたいのです」カンプシュさんは、きっぱりと語った。
写真はORFテレビで放映されたカンプシュさんのインタビューを見る子どもたち。
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